5月4(水)

NO,186 (自然を相手に裸で戦えないゴルファーには・・・)

 


 
日本の国技「相撲」という競技には“心・技・体”の充実を要するという伝統、慣わしがあります 奥の深いその言葉の裏には「相撲」というスポーツ、競技を極める為に プロの力士や相撲選手が 普段から率先して心掛ける、さまざまな相手を重んじる独特の心得や技能習得に 土俵上の練習や それ以外にも普段から体調の維持、自己管理や 筋力的なトレーニングが必要とされます それは一連の「武道」「格闘技」にもすべて相通じる事でしょうし 身体と身体がぶつかり合い 強者と弱者が対戦した結果で相手に優り勝つスポーツ、競技は 有史以前の狩猟生活する紀元前にさかのぼり 生きていく人間そのものの生活観を再現している構図と変わり無いと思うのです 「裸に近い格好で相手に立ち向かう」これこそが勝負の原点でもあるのでしょう。
 それに対して一般的に「球技」でも 先ず多くの種類は まず相手がいて、攻守のいれ変わる一瞬の間際や 競り合いボールを取り、奪い合い ボールを自陣、敵陣にゴールする ボールをシュート、ヒットして攻める自軍の得点を相手軍より多く奪取し また常に相手より多くの機会、時間にボールを自軍が支配する これらが基本的な競技でしょう。
 ところが球技の中でも「ゴルフ」においては 自らの技術を磨き、より少数のスコアーで競技を終える さまざまなコース・レイアウト状況、風向、風量、ボールのあるライ状態から 自らの判断と攻略で自らの技術だけを頼りに 上空や落ち際に吹く風や 降る雨、自然でタフなコースの強襲に独り自らが立ち向かう“対戦相手が目前に存在しない”実はプレイヤー自身にかなりの集中力と精神力を必要とする“孤独なスポーツ”と種分けできます また競技技術、技量以外にもマッチプレイや試合形式に於いては また最終局面で 自身のプレイでは(優勝には最後の一打とか 入れれば勝ちで外すと負けとか・・・)相手に対して“かけ引き”や“優越性”を作戦上、心中に持ち心理的な陽動部分が随分影響する 半ばトランプの“ポーカーゲーム”に似た 心理面での作戦を要する 神経的に奥の深い「特殊な球技」であると思います 心理面で極限状態に於いて“手が動かず最終の一打の失敗に泣く局面”では 過去に苦い経験をされた方も多いと思います
違う半面、ゴルフで“自然のグラウンドで闘う”とは言え すべて“自然を相手に競技する”ヨットや スポーツ登山、ウインドサーフィンや スキューバダイビング、スカイスポーツ(パラグライダー・スカイダイビング・・・)等とは同様でなく 例えばスキューバダイビングの入門者が 先ず最初に初心で経験するには スキューバ専門店のダイビング経験がじっさい豊富なプロ販売員から(そのスポーツの実経験が豊富で 相手の上達に的確なアドバイスと知識を供給でき またインストラクションも出来るレベルあたりの人がプロ販売員と呼べるでしょう) 初心レベルに応じた専用の器具、道具の紹介と選び方を教示され、実体験は その道の大先輩やプロインストラクターに付いて 充分にレクチュアーを受けた後、自身が様々な状況をも体験し 上手く対応できる経験を 自らが豊富に積んでから初めて独りで行動する すなわち何か非常時となっては生命の危険と遭遇する事も考えて行動しないといけないスポーツ それらはすべて器具、道具の選び方と利用の使い分け、使い方次第で ゴルフのようにショットの失敗や状況判断のミスを 笑って、怒って済ませる事は出来ないスポーツなのです まさか本を読んだ直後の素人が 好き勝手に値段の高い道具、器具のすべて買い揃えたからと言って 今まで一度も器具、道具を装着した経験のない人は 適当に装着した状態で独りで海には飛び込まないと思います。
 それに比べると 精神面や技術面、それ以外にも色々な局面で奥が深く、難しい、考えようによっては その分だけ“楽しいゴルフ”をする機会が短期間、一過性では決して終わらず プレイヤー達の技術、技量が進歩しないまま 迷う底辺層のプレイヤーが増え続ける兆候にある筈でもあり 彼等を対象にテレビ通販や週刊誌、新聞の折り込み広告などで目にする「ゴルフ上達の練習器具」は非常に多彩でアイデア満載の代物ばかりですし 私も深夜の通販番組で「ゴルフ上達練習器具」のコマーシャルメッセージを聞いていて 思わず購入の申し込み電話をしかけた経験も多々あります それは自ら行うショット、スウィングは リアルタイムに鏡で見る事が出来ないところにゴルフ上達の難点があり 第三者にチェックを受けることは有っても すぐさま繰り返したスウィングが果たして正しい動きを繰り返したかどうかは もう一度第三者に見てもらう必要があります またボールをヒットした時、その瞬時の動作中確認できる事は球が飛んだ方向や距離の結果意外 自分では何も情報分析できないものです もしできたとしても次のショットに同じ状況が重ね合わせることができる訳でもありません あくまでワンショット、次のワンショットが蓄積され当日の実績、スコアーになるのでしょうが 考え思う頭での理解と 身体が上手くマッチングせず“分かっていても身体でできない”最たるスポーツがゴルフではないかと常日頃から思い、悩み、考えております 技量の差でハンディキャップも正当システム化できており 誰でも楽しめる「生涯スポーツ」でもあるゴルフはつくづく楽しいスポーツと思うのですが 何せ裸に近い格好で競い合う前記
の格闘技系に比べて 14本のクラブに求める性能や スキルアップの補助器具に及んでは 市場性があまりにも大きく つい張りあう気持ちと上手くなりたい向上心があって ある初心者がゴルフに目覚め 好敵手に勝ちたい一念で 世間に隠れてトレーニングを積み重ね スウィング矯正器、練習器具を多種にわたり買い込んで パントマイムに出てくる様なロボットの動きに似たスウィングで ご自身は身動きが取れなくなったりした結果“大リーグ矯正ギプス”(古くて分からないかも・・・・巨人の星・・・星飛雄馬・・?)を連想したり レッスン本ばかりに夢中で 頭の中だけはでっかくなりメンタル面や気分はタイガー、腕はビジェイ ところが御本人はスタドラーの体型であっても スコアーは全く気にしない これも楽しいゴルフであるのかも知れません。
しかし前記のような全くの自然だけを相手に対戦するスポーツで 万一の時、命を代償に取り組む その競技者相手に「上手くなる!上達のコツ!これさえあれば先生要らず!」と誇大広告さながらにテレビ通販やメディアに載ったり週刊誌、新聞の折り込み広告などに掲載される事はまず在りえません
以前日報ノートの 
No124125、で説いたように またNo156の“たった三点のパーツが”でシリーズ化したように ついクラブ自体の出来栄えに業界人として 不満、不足を感じてしまうのです しばらくの間 日報ノートでは 14本のクラブに求める性能や スキルアップの補助器具に及んで 市場が大きく形成され
ている「ゴルフ業界の内に潜む危険な部分」を改めて解明していきたいと思います